date2017-04-10
第5話 レンズ越しの群像

 外野へと歩みを進めるごとに、久々の勇姿を迎え入れるマリーンズファンの歓声は大きくなっていった。開幕一軍をかけた競争が大詰めとなった3月、ZOZOマリンスタジアムで試合の均衡を破る決勝打を放った伊志嶺翔大は、次の回の守備につく際にグラウンドから観客席を見上げた。 興奮冷めやらぬ表情で手を振る人、称えるように拍手を送る人、タオルやユニフォームを掲げて大声で名前を呼んでくれる人。デーゲームの青空はどこまでも広大で、伊志嶺の目に映る光景はどれも久しぶりのものだったけれど、笑顔で手を振り応えることはしなかった。 ライトスタンドに向き合って立ち止まり、深々と頭を下げた。

「試合に出させてもらっている感謝と、ファンの方々への感謝の気持ちでした。背番号も変わりましたし、今年こそはチームに貢献したいという思いです」

 プロ7年目の鬼気迫るものは、伊東勤監督をはじめとして周囲にすぐ伝わった。1年目の126試合が最多で、ここ数年は出場機会を減らしていた。昨年の一軍出場はわずか3試合。入団当時から背負ってきたユニフォームの背番号『5』は、今年から新加入選手に譲る形で『38』に変わった。十分すぎるほどの発奮材料を抱える伊志嶺はオープン戦で打率.324を残したが、結果を出し続ける日々でも表情が緩むことはなかった。意識して抑えていたのではない。まだまだ足りないから、笑うことなどできなかった。
今年、笑顔で写る伊志嶺の写真は極端に少なくなった。春季キャンプも、オープン戦も、開幕一軍を掴んだ今でも、それは変わらない。

「まずはコンスタントに試合に出られるように、がむしゃらに思い切って、一日一日を大切にしていきたいです。チームの勝利に貢献して、一軍で自分自身のキャリアハイを出せるように頑張ります」

 きっと、あのとき既に始まっていた。
チーム内競争が本格化した春季キャンプ序盤。球団公式サイトなどで使用される選手名鑑の顔写真撮影が行われた。照明を落とした薄暗い部屋の一角に作られた白い背景紙の前で、一人ずつスポットライトが当たっていく。若くなった新背番号をまとう角中勝也田村龍弘の堂々たる佇まい。井口資仁福浦和也からあふれる貫録とは対照的に、緊張のなか懸命にカメラを見つめる新人選手たち。廊下には順番を待つ選手の賑やかな話し声が途切れることはなく、撮影中の一人を周囲が囃し立てるようにして互いの笑顔を引き出す。今年も和やかなムードで撮影は進み、すべての表情をカメラは掬い取るように記録していった。

「それでは、最後は笑顔でお願いします!」

 着帽や脱帽、正面や斜めを向いたものなど数パターンを終えて、最後は斜めに貼られた足元のテープにつま先を合わせ、顔だけをカメラに向ける笑顔のカットを撮る。
その瞬間、カメラのレンズを見つめる伊志嶺の表情に、周囲は息を呑んだ。繊細な心情までも焼き付けるように、シャッターが切られる。

 実際に掲載された写真の笑顔は、傍から見れば最小限と思えるかもしれない。でもそれは、今の伊志嶺ができる最大限のものだった。
たった数秒間の撮影でも、今季ずっと使用される一枚。
今までの自分と同じではいたくない。そんな決意が滲み出ていた。

長谷川美帆(千葉ロッテマリーンズ オフィシャルライター)=文 text by Miho Hasegawa

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