date2017-03-25
第3話 逆境が逆境でなくなるとき

写真1

 まっさらなマウンドで大歓声を一身に浴びる。無数の声に後押しされて、対峙する相手打者を次々と打ち取っていく。
プロ野球選手になり真新しいユニフォームに袖を通したとき、誰もが思い描くのは大車輪の活躍をする自分の姿。
岩下大輝もそのひとりだった。

 9回裏の大逆転劇が話題となった星稜高校でエースを務め、ドラフト3位で千葉ロッテマリーンズに入団した。二軍公式戦の初登板はプロ1年目の2015年8月26日(東京ヤクルト戦)。1回3失点(自責1)の投球だった。2戦目は1回無失点。期待のルーキーとして注目された。

 右肘内側側副靭帯再建術を受けたのは、その秋のことだった。手術は無事成功したが、全治10ケ月の見込み。翌年まで及ぶ長期離脱を覚悟した上での決断だった。

 プロ2年目はリハビリ続きで、暫くボールに触ることができなかった。春季キャンプ中も、開幕後も、常に別メニューをこなした。

そんな状況を悲観せずにいられたのは、周りの人々のおかげだった。手術経験のある内竜也、田中靖洋、金森敬之、チェンらが、自ら進んでアドバイスを送ってくれた。時には他球団の選手から励ましの声をもらうこともあった。焦りを生む隙を与えないかのように、すべての言葉が心に浸透していった。
試合中は、出場できなくても間近でじっくり観ることができる。学ぶという意識は捨て、「これ以上のレベルにならないといけない」という気持ちで目の前の選手たちを観察し続けた。
手術から半年が経過した5月にキャッチボールを再開させると、多くの人から「表情が明るくなった」と指摘された。意識していたわけではないが、気付かぬうちに野球ができる喜びが外にあふれていたようだった。

 さらに時は経ち、8月下旬のことだ。
多くの選手は室内練習へと向かっていて、もういなかった。試合後の浦和球場のグラウンドで首脳陣が見守るなか、打撃投手としてマウンドに上がった岩下は久々の感触を確かめながら60球の直球を投じた。打席に立ったのは同期入団の香月一也、脇本直人、寺嶋寛大。とくに言葉は交わさなかった。観客も残っていないから、誰に見せるわけでもなかった。途中、同級生の香月が本塁打を打ってみせた。互いを鼓舞し合うように、静かなグラウンドの上を白球が行き交う。
「(マウンドで)投げることができて、本当に楽しかったです」
投球後の岩下は汗を拭いながら屈託のない笑顔を弾けさせた。肘の状態も上々。いよいよ『復帰』の二文字が近づきつつあった。

写真2

今年21歳になる。最年少と呼ばれた時期は過ぎ去り、年下の投手も増えた。昨年は成田翔と原嵩、今年は島孝明と種市篤暉が高校から入団した。先輩として教えるべきことはたくさんある。頭を過ぎるのは自分が1年目の頃、多大な影響を与えてくれた先輩の存在だ。
「僕は二木さんに教えてもらいました。二木さんより上手く教えられる自信はないですけど、(後輩と)一緒にやっていけたらと思います」
岩下が1年目の2015年の春季キャンプでは、1年先輩の二木康太と同じグループで練習に励むことが多かった。一軍の舞台を夢見る18歳と19歳は、二軍のブルペンで横並びになって投球を繰り返した。夜間練習では暗くなった公園でシャドーピッチングに没頭した。コーチの助言を受けて二木が岩下に手本を見せることもあったし、ふたりで最後に公園をあとにするのが常だった。開幕後も二木と行動を共にして、グラウンド内のことから若手が行う雑務まで、新人選手のあるべき姿を教わった。
岩下がリハビリに励んだ2016年、二木は大きな飛躍を遂げた。一軍の先発投手になった先輩の姿は純粋に凄いと感じるが、同時に負けていられないとも思う。今でも二木は寮に帰ってきたときに食事に連れて行ってくれる。年齢が近く、岩下にとって頼りになる存在であることには変わりない。
「(受けた影響は)僕のなかでは一番です。年齢がひとつ上なので、入団した頃から競っていくライバルのような存在だと思っていました。その二木さんが今では一軍にいて、遠いところに行っちゃったなという気もしますけど、尊敬していますし、超えなければいけないと思っています」

写真3

2017年3月24日の二軍公式戦(北海道日本ハム戦・鎌ケ谷スタジアム)。2番手で登板した岩下は、先頭に四球を出すも後続を空三振、二ゴロ、投直で断ち切った。少しだけ硬かった表情もベンチに戻る際には笑顔に変わり、チームメイトとハイタッチを交わす。プロ3試合目となる公式戦登板の記録が刻まれた。
辛い思いを抱える毎日だったかもしれない。
そんな風に周りは勝手に想像するが、本人は「基本的に物事を深く考えるのが苦手なんです」と明るく笑う。
辛いことに固執して考えを巡らせるのではなく、思いきって笑い飛ばしてみる。すると、プラスの物事があることに気付き、いつしか逆境は逆境でなくなる。この先も楽な道などないかもしれないけれど、野球をできない日々に比べたら、勝負できない日々に比べたら、どんな困難も小さな心配に思えてくる。

「今年は(二軍で)初勝利を挙げます。そして、一軍に名前が挙がるようになりたいです」

ようやく辿り着いた公式戦のマウンド。
入団1年目の夏以来、500日以上が経過した日の出来事だった。

長谷川美帆(千葉ロッテマリーンズ オフィシャルライター)=文 text by Miho Hasegawa

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